確定申告書の数字は人の価値観の集合体です。
納税者は「これでよい」と思って申告をします。
税務署は事実を確認し、誤りを正します。
裁判所は法律と証拠に基づいて判断します。
判例を読むと、納税者の心情と法律のズレが浮かび上がります。
今回取り上げる判決(平成29年1月12日東京地裁判決)は、分掌変更による退職慰労金が損金算入できないとされた事案です。
原告は前代表取締役乙に対して支払った退職慰労金5609万6610円を損金の額に算入して確定申告をしました。
税務調査で退職慰労金について修正申告をした後、退職慰労金を損金の額に算入されるべきであったとして更正の請求をしました。
前代表取締役は退任後も原告の取締役として退任前と同様の業務を行っているため、退職慰労金を損金の額に算入することはできないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたため、原告はこれら各処分の取消しを求めました。
【事実】
・平成23年5月30日株主総会の決議で取締役に再任され、同日の取締役会の決議により、乙は原告の代表取締役を退任し、甲が新たに原告の代表取締役に選任された
・同日の取締役会で乙に対する退職慰労金を5609万6610円とする旨の決議をした
・平成23年6月15日乙に対し退職慰労金を支給し、退職金勘定に計上した
・乙は、 原告の親会社であるBの代表取締役である丙に対し、役員報酬が半分になっても2年間は退任前の仕事をそのまま続ける旨を述べ、甲も、丙から、2年間は乙から代表取締役の仕事について教わるよう助言を受け、これを了承していた
【争点 退職慰労金は退職給与に該当するか否 か】
| 納税者の主張 | 裁判所の判断 |
| 乙の役員としての地位又は職務の内容が激変し、 実質的に退職したと同様の事情にあると認められる (理由) ・乙は、甲を伴って取引関係者を回り、 退任の挨拶及び社長交代の引継ぎの挨拶に連日出向いており、退任の挨拶状も取引関係者に送付されている ・契約書の名義が甲を代表者とするものに変更され、銀行取引の連帯保証人も乙から甲に変更されている ・乙の月額報酬は、代表取締役を退任する前の205万円から3分の1に相当する70万円に引き下げられて激減している ・経営上の最終的な判断を行っていたのは飽くまで甲であり、乙は甲の判断 に対する助言を行っていたにすぎず、乙が経営上主要な地位にあったと評価することはで きない ・退職金を計上した事業年度中の平成23年9月中旬以降には甲への引継ぎを完了し、 原告の経営情報に接する機会をほぼ失っており、唯一、同年12月の賞与支給前に甲から賞与支給案を提示され意見を求められたにすぎない | 乙は、原告の代表取締役を退任した後も、その直後の本件金員 の支給及び退職金勘定への計上の前後を通じて、引き続き相談役として原告の経営判断に関与し、対内的にも対外的にも原告の経営上主要な地位を占めていたものと認められるから、 本件 金員の支給及び退職金勘定への計上の当時、役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的には退職したと同様の事情にあったとは認められない (理由) ・乙は、原告の幹部が集まる代表者会議に引き続き出席し、営業会議及び合同会議についても議事録の回付により経営の内容の報告を受けて 確認し、助言や指導を行うなど、経営上の重要な情報に接するとともに個別案件の経営判断 にも影響を及ぼし得る地位にあった上、10万円を超える支出の決裁にも関与していた ・乙は、原告の資金繰りに 関する窓口役を務め、主要な取引先の銀行から実権を有する役員と認識されていたほか、営業部長の当時と同様に取引先等との営業活動による外出のため原告を不在にすることの多い 甲に代わって対外的な来客への応対を行うなどしており、対外的な関係においても経営上主要な地位を占めていた |
【補足】
乙の月額報酬は原告の代表取締役を退任する前の205万円から70万円に大幅に減額されているが、乙がその減額後も甲と遜色のない月額報酬の支払を受けていることや退任後も引き続き原告の経営判断に関与して甲への指導や助言を続けていたことなどに照らすと、変更後の月額報酬は、乙が引き続き原告の経営判断への関与及び甲への指導や助言を続けていたことを前提として定められたものとみるのが相当であり、報酬の減額の事実は、乙の役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的には退職したと同様の事情にあるとまでは認められないとの判断を左右するものではない
【根拠条文等及び解釈】
法人税法34条1項括弧書きは、例えば、常勤取締役が経営上主要な地位を占めない非常勤取締役になったり、取締役が経営上主要な地位を占めない監査役になるなど、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的には退職したと同様の事情にあると認められるときは、その分掌変更等の時に退職給与として支給される金員も、従前の役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する限りにおいて、同項括弧書きにいう退職給与に該当するものと解するのが相当である。
法人税基本通達9-2-32は、役員の分掌変更又は改選による再任等に際して、法人の役員が実質的に退職したと同様の事情にあるものと認められ、 その分掌変更等の時に退職給与として支給される金員を損金の額に算入することができる場合についてその例示等を定めたものであると解される。
【参考 役員報酬の考え方】
法人税法34条1項において、役員給与(退職給与等を除く。)のうち同項各号に掲げる給与(定期的に支払われる給与等)のいずれにも該当しないものの額が損金の額に算入されないこととされているのは、法人と役員との関係に鑑みると、役員給与の額を無制限に損金の額に算入することとすれば、その支給額をほしいままに決定し、法人の所得の金額を殊更に少なくすることにより、法人税の課税を回避するなどの弊害が生ずるおそれがあり、課税の公平を害することとなるためであると解される。
つまり、肩書や報酬の変更といった外形だけを整えても、経営判断に関与し、対内的にも対外的にも原告の経営上主要な地位を占めていれば、退職したとはいえない
だから、退職慰労金は損金算入できないという結論になります。
退職慰労金の支払債務が確定した時点で退職をした事実を判断します
事実は変わりません。事実を認定していけば、どんなに外形の変化を主張してもみとめられないことは明らかです。
参考;平成29年1月12日東京地裁判決税務訴訟資料第267号‐3(順号12952)https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/soshoshiryo/kazei/2017/pdf/12952.pdf