決算書の数字は人の価値観の集合体です。
納税者は「これでよい」と思って申告をします
税務署は事実を確認し、誤りを正します。
裁判所は法律と証拠に基づいて判断します。
判例を読むと、納税者の価値観がどのように主張として表れ、なぜ認められなかったのかがわかります。
判例は納税者の心理に沿って租税法を学ぶことができる、最良のテキストです。
本稿では、看護師である内科医の配偶者に支払った青色事業専従者給与の適正額が争われた事例(令和4年12月9日長野地裁判決)を取り上げ、租税心理の観点から解説します。
【事案の概要】
開業医である原告は、配偶者の青色事業専従者給与年額1800万円を支払ったとする確定申告書を提出した。
課税庁は、青色事業専従者給与を一部否認した更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をし、原告は、これら処分の取消しを求めた。
≪事実≫
・原告は、長野県岡谷市内に開設された診療所で内科等の医業を営む医師である
・原告の配偶者は、原告と生計を一にし、看護士として 事業に従事している
・「青色事業専従者給与に関する届出書」・「青色事業専従者給与に関する変更届出書」を以下の提出
| 届出書提出日 | 仕事内容・従事の程度 | 資格等 | 給料金額(月額) | 賞与支給月 基準(金額) |
| 平成13年3月15日 | 医療事務、経理 | 記載なし | 20万円 | 12月 6か月以内 |
| 平成14年3月15日 | 変更なし | 変更なし | 30万円 | 7月・12月 3か月以内 |
| 平成15年3月17日 | 看護婦、 事務、経理 | 看護婦 | 45万円 | 変更なし |
| 平成18年1月25日 | 変更なし | 変更なし | 70万円 | 変更なし |
| 平成18年12月27日 | 看護士、 事務、経理 | 看護士 | 80万円 | 変更なし |
| 平成21年1月29日 | 変更なし | 変更なし | 100万円 | 変更なし |
- 平成21年1月以降、年額1800万円
(給与100万円 ×12か月+賞与100万円×3か月分×2回)
- 診療所における看護師らの給与は291万4480円から469万4599円の間
【争点 件専従者給与の額の相当性】
| 納税者(原告)の主張 | 課税庁(被告)の主張 |
| 件配偶者は、看護師長と事務長を兼任しており、看護師と事務員の統括、外来看護、受付業務、調剤等を行っている。 使用人の誰よりも早く出勤し、最後まで居残って業務を行っており、昼休みには、在宅医療の往診、特定検診、予防接種、必要品の購入、銀行への振込も行い、終業後には、当日分の日計表の作成、領収書の整理、翌日の振込準備を行っている。 これに加え、毎月、職員の給料計算等の労務管理や社会保険関係の書類の提出を行い、インフルエンザの予防接種の時期になれば、休日である土曜日及び日曜日にも接種及びその準備等を行うなど、時間外・休日労働が年900時間以上にのぼる。 原告と使用人の連絡係として怒られ役も担っており、精神的負荷も大きい。このように、本件配偶者の従事する業務は 余人をもって代え難いものであり、質及び量のいずれの観点から見ても幅広くかつ多くの業務をこなし、本件事業に多大な貢献をしている。 専従者給与の年額1800万円は、本件配偶者の看護師としての経験・勤務年数、仕事の内容、労働時間及び役職等に照らし、労務の対価として相当であると認められるものである。 | 本件届出書、本件各変更届出書、本件調査で本件配偶者から受領した書面に加え、本件訴訟における各証拠を見ても、本件配偶者の労務の性質及び労務の提供の程度等は明らかではなく、本件看護師使用人の労務との間に質的に異なる程の大きな差異はない。 原告の事業と同種の事業でその規模が類似するものに従事する者が支払を受ける給与と比較する方法により算出した金額(平成28年分及び平成29年分につきいずれも821万3334円、平成30年分につき792万4922円)と比較した場合、本件専従者給与の額は、平成28年分及び29年分がいずれも約2.19倍、平成30年分が約2.27倍と高額である。 以上の事情からすれば、本件専従者給与の年額1800万円は、「労務の対価として相当であると認められる」ものとはいえない。 |
| 被告が主張する金額は、本件配偶者の看護師としての経験・勤務年数、仕事の内容、労働時間及び役職等を全く考慮しておらず、適正給与相当額とはいえない。 | 配偶者が本件事業のために提供していた労務の性質及び労務の提供の程度については不明であり、その事業に従事する他の使用人が支払を受ける給与の状況と比較する方法(使用人給与比準方式)は適当ではないから、類似同業者給与比準方式により適正給与相当額を算定するのが適当である。 類似同業者の平均額である平成28年分及び平成29年分の821万3334円、平成30年分の792万4922円が、それぞれ本件における適正給与相当額となる。 |
【関係法令等】
●所得税法第57条第1項
青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族(年齢15歳未満である者を除く。)で専らその居住者の営む前条に規定する事業に従事するもの(以下この条において「青色事業専従者」という。)が当該事業から次項の書類に記載されている方法に従いその記載されている金額の範囲内において給与の支払を受けた場合には、前条の規定にかかわらず、その給与の金額でその労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、その事業の種類及び規模、その事業と同種の事業でその規模が類似するものが支給する給与の状況その他の政令で定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものは、その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上必要経費に算入しかつ、当該青色事業専従者の当該年分の給与所得に係る収入金額とする。
●所得税法施行令164条第1項(青色事業専従者給与の判定基準等)
法第57条第1項(事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等)に規定する政令で定める状況は、次に掲げる状況とする。
一 法第五十七条第一項に規定する青色事業専従者の労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度
二 その事業に従事する他の使用人が支払を受ける給与の状況及びその事業と同種の事業でその規模が類似するものに従事する者が支払を受ける給与の状況
三 その事業の種類及び規模並びにその収益の状況
●法令解釈
青色事業専従者に支払った給与の額が、労務の対価として相当と認められるものとして事業所得等の計算上必要経費に算入することが認められるのは、所得税法57条1項及び同法施行令164条1項の掲げる上記の各事情を踏まえ、当該青色事業専従者に払った給与の額と提供された労務との対価関係が明確であるものに限られるというべきである。
【裁判所の判断】
本件専従者給与の額1800万円が、本件配偶者の労務の対価として相当であるとは認められない。
理由
・本件配偶者の労務内容や労務の量を客観的に示す証拠は断片的なものしかなく、それらが具体的に明らかであるとはいい難い。
・労働時間、業務の多様性、責任や精神的負荷の大きさ等が具体的にどのように考慮されて支給額に反映されたのか、本件配偶者に対する給与の額が徐々に増加していった経緯等も含めて判然とせず、本件専従者給与の額は、本件配偶者の労務と対価関係が明確であるとはいえない。
・平成17年12月までは月額45万円であった支給額が、僅か3年余りで2倍以上に増額となった経緯についても、その具体的理由は全く不分明であり、その観点からも、本件専従者給与の月額100万円と労務の対価関係は明らかであるとはいい難い。
【一言】
青色事業専従者給与は、同一生計親族間における所得の帰属を分散させることにより、累進税率構造の下で世帯全体の限界税率を引き下げ、結果として総合的な税負担の軽減を図り得る制度です。
専従者給与の増額は、経営者にとって自然な意思決定ですが、その意思決定が税務上容認されるか否かは別問題です。
短期間のうちに、当初月額20万円であった給与は、30万円、45万円、70万円、80万円、100万円へと段階的に増額され、最終的には賞与を含め年額1800万円に達している事実に、経営者の心情が見えます。
事業規模や収益の増加に応じて専従者給与を引き上げること自体は否定されるものではありませんが、変更届出書が適法に提出されているという形式面のみでは足りず、増額の合理的理由と労務の質的・量的変化と対応しているかが問われます。