決算書の数字は人の価値観の集合体です。
納税者は「これでよい」と思って申告をします
税務署は事実を確認し、誤りを正します。
裁判所は法律と証拠に基づいて判断します。
判例を読むと、納税者の価値観がどのように主張として表れ、なぜ認められなかったのかがわかります。
判例は納税者の心理に沿って租税法を学ぶことができる、最良のテキストです。
本稿では、個人と法人のいずれに所得が帰属するかかが争われた判例(令和元年5月30日東京地裁判決)を取り上げ、租税心理の観点から解説します。
【事案の概要】
原告が、漁業に係る各収入及び必要経費については、有限会社Aを設立して以来、法人税の申告を行い、自己の所得税の確定申告には含めなかった。
これに対し課税庁は、各収入等は納税者に帰属するとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、これら処分の取消しを求めた。
≪事実≫
・原告は、定置網漁、ほたて漁及び刺し網漁を主とした漁業を営む者である
・原告が代表取締役を務める有限会社Aは、定置網漁及び刺網漁並びにホタテ漁を主とした漁業等を目的とする有限会社である
・原告は、さけ定置漁業に係る免許並び共同漁業権の行使の承認を受けた
・法人は、法人でもなることができるB漁協の組合員になっておらず、法人でも受けることが可能なさけ定置漁業免許及び各刺し網漁業に係る各共同漁業権の行使承認も受けておらず、漁業に関する権利等につき何らの名義を有していない
【争点 各収入及びこれに係る必要経費が原告に帰属するか】
| 納税者(原告)の主張 | 課税庁(被告)が把握した事実等 |
| 漁船について ・法人に対して簿価で本漁船を譲渡した。 ・漁船の登録上の名義が原告に留保されていたのは、漁船がB漁協からの借入れの担保になっていたからである。 倉庫について ・原告が取得した直後、法人に譲渡された。 ・原告名義で融資を受けた。 ・法人成りによる法人よりも個人の方が金融機関における信用度が高いという理由から、個人名義で融資を受けることはよく見られることであり、原告名義による借入れは法人に実体がないことを示すものではない。 | ・法人の資産として計上されているものについて、原告と法人との間に譲渡等の契約は存在せず、法人の資産等としての計上は、法人で使用しているからである旨回答している。 ・法人口座から事業の実態を裏付けるような入出金がされた形跡がないことも併せ考慮すれば、法人の資産等としての計上は、あくまで帳簿上の操作にすぎない。 ・原告口座に分配金収入、水揚収入及び漁業関連収入を受領し、事業用資産である漁船や倉庫の取得のための借入金の返済、共同漁業権の行使料といった漁業に関する経費の支払を行っていた。 |
| 法人は、漁業を営む法的地位、各漁業権等とそれに伴う各収入及び各原告口座に係る預貯金債権に関する信託関係における受益権者である。 信託関係が成立するためには、計算により明らかにできる程度の分別管理がされていれば足り、信託財産が受託者の固有財産と混交しないよう区分されていなければ分別管理の仕組みがなく、信託の効果意思がないということにはならない。 | 法人の担当税理士は、信託関係の存在をうかがわせるような回答は何らしていないばかりか、各共同事業体に係る売上げに関し、原告と法人の間で請負等の契約はない旨回答するなど、信託関係の存在を否定するような回答をしている。 各収入 が入金された各口座に係る預貯金から、原告の生活費等が引き出されたり、引き落とされたりしていることが認められ、原告の主張する信託関係に係る財産と原告固有の財産が分別管理されていない。 |
| 法人を名義とする契約関係が存在する | 原告と法人との間で請負等の契約はない |
| 原告個人の経営から法人経営への転換を図ったのが原告の真意で あり、それに従った一連の法人税の申告がされていることや、各漁業権等の使用許 諾やこれによる利得の運用管理の実態を指摘して、信託関係の成否は別にしても、 各収入及びこれに係る必要経費は法人に帰属する | 原告が法人に各漁業権等の使用を許諾し、法人がこれを使用して利益を得て、その利得を運用管理していることをうかがうことはできず、原告の真意が法人経営への転換を図る点にあったとしても、これによって各収入及びこれに係る必要経費が法人に帰属することとなるものではない |
【裁判所の判断】
原告の行っていた漁業は、法人の事業としてではなく、あくまで原告個人の事業として行われていたものといわざるを得ず、各収入及びこれに係る必要経費は、原告に帰属するものと認めるのが相当である。
【一言】
所得税で申告しなくても、法人税の確定申告書を提出し納税しておけば足りるという考えは、どこからくるのでしょうか?
判決文で、次のように原告は主張しています。
「原告個人名義の使用という形式的な瑕疵はともかく、法人成りによる利点、特に課税上の合理的な負担軽減の利点に鑑み、原告個人による経営から法人経営への転換を図ったのが、原告の真の意思であり、それに従った一連の法人税の申告がされている。
また、原告は、本件法人に対し、本件各漁業権等の使用を許諾し、現実に、本件法人が本件各漁業権等を使用して利得を得て、その利得を本件法人のものとして運用管理している。
これらのことなどからすれば、本件信託関係の成否は別にしても、本件各収入及びこれに係る必要経費は、本件法人に帰属するというべきである。」
法人でもなることができる漁協の組合員になっておらず、法人でも受けることが可能な漁業に関する権利等を何らの名義を有していないことは、形式的な瑕疵でしょうか?
原告は、法人と信託関係が成立すると主張しているのに、「その成否は別にしても」という言い方…………
結局は、税金の負担を軽くするなどのメリットを考えて、法人成りし、法人で申告すると決め、法人の申告をしているから、いいじゃないかと聞こえます。
帳簿上、法人の資産として計上していたとしても、名義や資金の流れ、事業の実態が個人に帰属している以上、単なる帳簿操作にすぎない。経営者の心情が数字に表れた申告書は、適正な申告ではないと判断されました。
【補足】
原告は、法人設立以来、法人税等の申告を行い、処分行政庁から特段の指摘を受けてこなかったことをもって、後年の更正処分は信義則に反すると主張しました。
しかし裁判所は、申告書の受理及び収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではなく、原告の信頼の対象となる何らかの公的見解を表示したものと評価することはできないと判示しています。