税務調査の際の調査担当者の言動が問題になる場合があります。
それについては、裁判で次のような主張がされるわけですが
1 調査担当者の言動が、犯罪者と同視し、怒鳴りつけ、脅しつけ、侮辱するなど社会的相当性の範囲を甚しく逸脱している(平成7年6月19日東京地裁判決 税務訴訟資料第209号1026頁)
2 調査担当者が調査の際に脅迫的な言動をし、恐怖心を与えて修正申告をさせられたことで、精神的損害を受けた(平成26年9月19日佐賀地裁判決 税務訴訟資料 第264号-150(順号12531))
3 課税庁が、調査結果の問題点検討事項表について原告会社らが主張する簿外経費の「控除前検討表」と「控除後検討表」を提示し、一部簿外経費を認めて修正申告を慫慂しておきながら、原告会社らが別の簿外経費について主張するようになるとそのことへの報復として、一旦認めていた簿外経費を含め、一切の経費について否認し、更正処分等を行った(平成16年4月21日松山地裁判決 税務訴訟資料 第254号-128(順号9635))
極悪非道な調査官がいるのかと眉をしかめても、このような主張は認められない場合が多いのです。
なぜなら、国家賠償法第1条第1項にある「故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたとき」を証明することは難しく、修正申告書を提出した場合には適正に申告をしていなかったことを認めていることになり、「自己の責任と判断の基に本件修正申告書を提出した」と判断されるからです。
租税法律主義のもとでは、これらの主張は二次的なものとして扱われます。租税法に調査官の暴言に対して規定した法律はなく、救済することはできません。許せない思いを調査が終了した後もずっと抱えていないといけないことが、ブラックボックスだと言えます。
ここで、この3件が、そもそもどんな裁判だったのかも紹介しておきます。
1の事例 国税犯則取締法2条に基づき、裁判所の臨検捜索差押許可状を得て行われたもの(マルサの強制調査)であった。
2の事例 売上除外やセミナー講師料の除外していた。領収証の控えの大半を処分していた。講師料を個人口座に入金させていた。
3の事例 架空の外注費等を計上し、仮名預金を利用して不正な経理をしていた。簿外経費は本来、経費として損金計上できるものを、あえて公表帳簿外において処理したものであった。
つまり、適正な申告をしていなかったことが前提にあったことがわかります。これら脱税行為は犯罪です。脱税をしている納税者に対しては、調査官は強い正義感をもって調査をします。それは、正直者がバカをみる、脱税を許すような社会であってはならないと思っているからです。
税務署で調査経験などをした後に、国税不服審判所で仕事をしたことがあります。審判所では、審理の過程で行われていた調査や口頭意見陳述などを通して、経営者と調査担当者の双方から直接話しを聞いていました。納税者の不平不満も理解できる一方で、調査担当者の納税者が脱税の事実を隠そうとしたり、調査に協力しない横柄な態度に苦労した話しを聞くこともありました。
まだ20代だった私も法人税の調査先で経営者の方からの言葉に震えながら帰ったことがありました。
初日の挨拶で「俺たちが払った税金で生活しているくせに」とか「苦労知らずの公務員」と言われたり、帰り際に「車のナンバーは記録したから」とか「夜道は気をつけな」と言われたこともありました。
脱税の事実を示すと、怒りのあまり、鬼の形相で飲みかけのお茶をかけられそうになったり、日本刀を見せられ「死ねというのか」と恫喝されたこともありました。
それまでに大人からこんなことを言われたことがなく、ショックを受けたことを覚えています。そして、なぜ、こんな仕事を選んだのか?と思うこともありました。
それでも、納税者からの嫌がらせに毅然とした態度をとるのは、国の信用・信頼を失わないように、との思いからでした。仕事をするのに性別も年齢も関係ない、尊厳を傷つけるような言葉は使わず、日の丸に恥ない仕事をすること、きちんと仕事をすることが、課税の公平に繋がり、適正に申告をしている人が嫌な思いをしないことになる。適正な申告に導かないことは、自らが不公平不平等を生み出すことになる、と教えてくれた上司の言葉は今も忘れられません。
是は是、否は否を判断するのは調査官の経験値ではなく、経営者の価値観でもなく法律と証拠です。
税務署と納税者のお互いの意見を冷静に調査が行われる空間をつくり、対立構造にならないような潤滑油的な役割につとめるのが調査立ち合いで求められる税理士だと思っています。